院生の五十嵐です。
10月13日(土)、慶應義塾大学言語文化研究所の創立50周年を記念した講演会が三田キャンパスで行われました。創立50周年記念イベントとしては10月6日の公開講座に引き続いての開催です。 記念講演をしてくださったのは、研究所の理論言語学研究を長年リードして来られた西山佑司先生(慶應義塾大学名誉教授・明海大学副学長)です。 「名詞句に内在する述語性」というテーマで、独自の視点から名詞句の持つ様々な意味・機能についてお話し下さいました。 私たちは「名詞」ときくと、具体的な事物を指示するために用いる言葉というイメージが強いと思います。しかし、「あの男は画家だ」というような文の「画家」は、具体的な指示対象を持つ名詞ではなく、「画家という属性を持っている」という措定的な意味を表しています。その意味で、この「画家」という名詞は形容詞的な意味・機能を持ち得ると言えます。 また、「犯人は誰だ」というときの「犯人」も具体的な指示対象を持ちません。指示対象が分からないから「誰だ」ときいているのです。ですから、「犯人という条件を満たしているのは誰だ」というような措定的解釈となります。 形式的に言えば、 [Xガ犯人デアル]という変項Xを含む命題関数があって、その変項Xの値を問うているということになります。 西山先生はこのような名詞句を「変項名詞句」と名付け、独自の理論を展開していらっしゃいます。 普段、日本語母語話者が日本語で日常的な会話をしているときには、この枠組みを意識しづらいと思います。 しかし、次のような英語の文に触れたときにはどうでしょうか? “The girl who caused the trouble wasn’t Mary. It was Jane.” 前の文で出てきた女性(主格)はsheで置き換える、ということを機械的にやってしまっている英語学習者は少なくないと思います。 しかし、この場合、ItをSheとすることはできません。というのも、“The girl who caused the trouble”という名詞句が具体的な女性を指しているのではなく、「Xガソノ問題ヲ引キ起コシタ女ノ子デアル」という命題関数として機能しているからです。
上記のような例から、学校の英語教育においても、教える側はこのような名詞句の意味・機能を心得ておくことが必要であると思いました。 例えば、「The girlは女の子でしょ?物とか動物ではないのに、なぜItであらわさなければならないの?」という生徒からの質問があったとき、「英語とはそういうものだから、覚えなさい」という説明では納得がいかない生徒も出てくると思います。 確かに、「英語はそういうもんだ」という説明も時には重要ですが、せっかく日本語と英語の共通点を、しかも名詞句という生徒にとっても身近なトピックから探っていくことができるのですから、このような機会には、生徒のことばへの気づきを促すような「脱線」があっても良いのではないでしょうか。
しかしながら、このような共通点を興味深く語るには、当然それに対応する言語学的な知識が必要になります。その意味で、今回の西山先生のご講演のように、一般の人々に公開され、ことばの奥深さを、しかも一流の言語学者から学べる機会は大変貴重なものだと思いました。
西山先生のご講演から、ことばの豊かさ、面白さをあらためて実感するとともに、英語教育の文脈において、言語学的枠組みを取り入れることの重要性・必要性を再認識することができました。
今後も、このような機会があれば、積極的に参加し、勉強していきたいと思います。
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