原口さん、また6月7日が近づいてきました。
明海へ移って、まもなく1年半です。早いものです。原口さんが筑波から明海へ移ってこられたとき、「どうして筑波で定年まで過ごさなかったのですか?」とある人が尋ねたら、「新たな大学へ移って5年間では大したことはできないからだよ」という答えが返ってきたということを耳にしました。
そのとおりですねえ。実感します。この4月からは副学長(大学院担当、外国語学部改革担当)を務めています。課題はかなり明確ですが、どういう策を打つか。短期間で目処をつけるのは至難の業です。まあ、原口さんなら「大津君なら残りの任期でなんとかできるよ」とかなんとか調子のいいことを言いながら、追い打ちをかけるように「短期間になにもできない奴には、長期間が与えられたってろくなことはできないってもんだ、あっはっは!」とか言って、その気にさせるんでしょうね。うまいんだから。
当たり前のことですが、去年よりも明海のことがよく見えるようになってきました。大学内の動線がよく見えるようになったとでも言えばいいでしょうか。その動線を大いに活かしたいですね。日本の大学が危機的状況にあるからこそできることがあるという発想を理解してくれる理事会、学長、教員、職員をどう繋ぐか。そして、なによりも、学生と院生の潜在的可能性をどう引き出すか。そんな基本問題を考える時に、その動線理解が役立つものと思います。
「理屈っぽいなあ。西山さんに感化され過ぎちゃったんじゃないの?」と言われそうですね。そうかもしれません。理屈っぽさなら右に出るものがいない賢兄西山を頼りながら、愚弟大津がにぎやかにやるというのがこれまでの図式でしたものねえ。でも、その図式は相対的なもので、賢兄が名誉教授になってしまったいま、愚弟も多少は理屈っぽく見えるという、ただそれだけのものです。
そうそう、今年度は新任教員として、頼りになりそうな人を迎えることができました。学生や院生と一緒に汗をかきながら、自分の研究もきちんとこなす、そういう教員です。やはり、若い力が必要ですからね。実際、いきいきとした顔の英米の学生が増えました。
来年のご命日までには、少し具体的な道筋とか、成果とか、そんなものをご報告できるよう、やってみます。どうぞ、今後とも見守っていてください。
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